幸せに生きた内気なネコの話
 
 
 
 
 

〇歳
ママの後ろ姿を覚えているんだ。
「行かないで」とつぶやいた。
それっきりだった。
ボクは生まれたばっかりで歩けなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 

〇.一歳
食べものをさがしに外に出た。
「かわいそう」という声のほうに行くと、
うしろから石を投げられた。
ミルクの匂いのほうに行くと、
横から酔っぱらいにけとばされた。
ボクは世界に捨てられていた。
 
 
 
 
 
 
 
 

一歳
拾われて料亭の看板猫になった。
灯りがまぶしい玄関に座るのさ。
ボクがほほえむと人々がほほえんだ。
ボクがわがままを言うと人々はかなえてくれた。
目を見ひらくと心がとじていく。
ボクはなにかと闘っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 

四歳
店がなくなり、町ぐらしにもどる。
ふいに犬に組みふせられた。
「ちび。首をかんだ牙にわずかの力をこめるだけだ。
がりりとくだけておまえは死ぬ」
人がきて犬は去ったけど、
なまぐさい犬の息のように、死はいつまでもボクにつきまとった。
ボクは生きたかった。
 
 
 
 
 
 
 
 

六歳
満月の夜の猫会議。
「人生になにがいちばん大切か?」
「餌だ」「小判だ」「家族です」とてんでに答えたその時に、
「ちが-う!」と大声。みんなはし-んと耳を立てた。
「ひたすら声の大きさだっ」
たしかにねぇ、と笑いあって座はおひらきに。
ボクは黙って聞いていた。
声は小さいほうがいい。
 
 
 
 
 
 
 
 

八歳
外はどしゃぶりの雨。
熱で体がだるいけど、
ねずみとりの新しいわざを、くりかえし工夫する。
時はこうして去る。
ひとつを得ると、ひとつをなくす。
なくしたものは思わない。
ボクはねずみを食らい、新しい自分に進む。
 
 
 
 
 
 
 
 

九歳
熱は何か月も続いた。
病の床でママの夢をみたんだ。
帰ってきたの?
「いいえ」
行かないで。
「いいえ」
行かせない。ボクはもうおとなだから。
「いいえ。あなたは子どもです。
あのころと変わらない……」
あのころと変わらない?
 
 
 
 
 
 
 
 

一三歳
ボクはボクだったんだ。
長いみちを歩いて、ボクは自分にもどってきた。
いや。長いみちも自分を歩いただけ。
ママはいない。
いないけれどもいっしょにいる。
いつもいっしょにいる。