古本屋で見つけた一冊が、会社をやめた私を救った——本多信一さんとの出会い

本多信一シリーズ② 出会い篇

~ 手紙を書いて、訪ねた日のこと ~


1. 「このまま続けられるのか」と限界を感じたとき

会社員として働いていると、ふとした瞬間に気づくことがあります。

「朝、出社するのがつらい。でも理由をうまく説明できない」
「周りはみんな普通にやっているのに、なぜ自分だけうまくいかないのか」

そういう感覚、覚えたことはないでしょうか。

これは、怠けているわけでも、精神的に弱いわけでもありません。単純に「環境と気質が合っていない」だけかもしれません。

ここでは、筆者(このサイトの管理者)がかつて東京でそのような状況に陥り、ある一冊の本との出会いで人生が変わった体験をお伝えします。


2. 東京の古本屋で見つけた一冊

札幌で生まれ育ち、大学を卒業してから初めて東京の会社に就職しました。22歳のことです。

もともと内向的で、組織の中で立ち回ることが得意ではありませんでした。それでも、「システムエンジニアとしてなら、技術を軸に働けるかもしれない」という一縷の望みを持って飛び込んだのです。

しかし、現実はやはり厳しかった。

仕事そのものよりも、職場という「場」にいること自体がしんどかった。東京に知人もなく、ひとりで悩みを抱えたまま時間だけが過ぎていきました。そして就職から半年ほど経ったある日、近所の古本屋でその本を見つけました。

古本屋で手に取った、一冊の本

ある日、近所の古本屋で一冊の文庫本を見つけました。

タイトルは、「内向型人間の生き方にはコツがある」(本多信一 著)。

「内向型」という言葉が目に飛び込んできた瞬間、手が止まりました。表紙を開くと、こんなことが書いてありました。

内向型の人間が外向型のやり方を真似しても、うまくいかない。内向型には内向型の、独自の生き方のコツがある。 ——本多信一『内向型人間の生き方にはコツがある』より(趣意)

それまで「自分が弱いから」「努力が足りないから」と思っていたのですが、この一文で認識が変わりました。性格の問題ではなく、やり方の問題だったのかもしれない、と。


3. 四谷に「無料職業相談所」を開いていた人

本多信一さんは、中小企業診断士として独立した方です。ご本人も内向型で、大手報道機関(時事通信社)を退職して独立した経緯を持っています。

そして驚いたのは、本の巻末にこんな案内があったことです。

💡 本の巻末に書かれていたこと

「個人のための無料職業相談所」を東京・四谷に開設しています。
ご相談は手紙で申し込んでください。

「無料で、個人の仕事や生き方の相談に乗ってくれる場所が、東京の四谷にある」——当時の自分には信じられませんでした。しかも、申し込みは手紙で。

内向型の人間向けに、内向型の人間が作った場所。そういう感じがして、迷わず便箋を取り出しました。


4. 手紙を書いて、会いに行った

手紙を書いて送ったところ、本多さんから返事が届き、訪問が実現しました。

東京にいた2年間で、合計3回ほど伺いました。

初めて会った日のこと

相談所は、四谷の静かな場所にある小さな事務所でした。

どんな人が出てくるのだろうと緊張していたのですが、本多さんは思っていたとおり、静かな方でした。

「手紙を読みました。どうぞ」と言って、向かい合わせに座りました。

当時22歳だった自分には、まだうまく言語化できていないモヤモヤがたくさんありました。それでも、「話を聞いてもらえる場所がある」というだけで、少し気持ちが軽くなりました。

今でも本多さんの事務所を出た帰りの電車のプラットフォームで、力が抜けなぜか呆然と幸福感に包まれた自分をありありと思い出すことができます


本多信一さんとの出会い
5. 「もういい、やめなさい」

3回目の訪問は、少し特別な状況でした。

その日の朝、いつものように出社しようと電車に乗ったのですが、途中でもう足が動かなくなりました。

会社には風邪と連絡して、そのまま本多さんの事務所に向かいました。。

そのときの本多さんの言葉
もういい。やめなさい。 ——本多信一さん

長い説明も慰めの言葉もなく、ただそれだけ言ってくれました。

「もういい」という言葉が、どれほど救いになったか。今でも鮮明に覚えています。

「やめることは逃げではない。それどころか、合わない場所に居続けることの方が、長い目で見ればリスクになる」——本多さんの本を読み、実際に会ったことで、ようやくそう思えるようになりました。


6. 本多さんの相談スタイルが、独特だった

本多さんの相談スタイルは、一般的なカウンセリングのイメージとは全く異なっていました。

じっくり話を聞いて、「それはつらかったですね」と共感する——そういうスタイルではありません。

📝 本多さんの相談スタイル

相手の話を聞きながら、紙に次々と書きながら一方的に語り続ける。「こういう方法がある。こういう選択肢もある」と、どんどん可能性を提示していく。

大きな声でまくし立てるわけでもなく、静かに、でも淀みなく言葉が流れてくる。内向型の仙人が、静かに語り続ける——そんな感じでした。

「聞いてほしい」という気持ちが先にあった自分には、最初は少し戸惑いがありました。でも振り返ると、あのスタイルが正解だったと思います。

実際に紙に書いてくれたこと

本多さんが最初の相談でくれたアドバイスを、今でも覚えています。紙に書きながら、こんな内容を矢継ぎ早に話してくれました。

📄 本多さんが紙に書きながら話してくれたこと
  • 行政書士の資格を取ること。これからNPO法人を設立したい人がどんどん増えてくる。その手続き支援で独立できる。
  • 数学の個人塾を開くこと。理数系が得意なら、小・中・高校生を対象にした塾は需要がある。一人でできる仕事だ。
  • 北海道で外国人旅行客のパーソナルアシスタントをすること。かつて宮崎が日本人の新婚旅行の定番地だったように、これからの北海道は外国人観光客でいっぱいになる。英語や中国語を身につけ、旅のガイドをするという生き方もある。
  • 内向型の人でもできる仕事に就くための資格を取ること。危険物取扱者等の資格をとって、ビルの夜勤の仕事に就く。 「これまでそのようにアドバイスして、ビルメンテナンスの仕事についた内向型の人がたくさんいるよ」と言われました。

1990年代の話です。NPO法人制度の本格施行は1998年、インバウンド観光が本格化するのはさらに後のことでした。それを当時すでに見通していたのです。

「やはりこの人はただものじゃない」と感じた瞬間でした。自分の状況を聞きながら、同時に社会の動きを読んで、目の前の人間に合わせたアドバイスを即座に紙に落としていく。まるで頭の中に地図がある人のようでした。

悩んでいるとき、人は「答えを出してほしい」のではなく「可能性を見せてほしい」のかもしれません。本多さんは、言葉ではなく紙に書きながら、次々と「出口」を示してくれていたのです。


7. 「やめる決断」ができるまで

3回の訪問を経て、ようやく会社を辞める決断ができました。

「辞める決断」というと、なんだか劇的に聞こえるかもしれません。でも実際は、少しずつ「やめてもいい」という許可を自分に出していく作業でした。

本多さんの存在がなければ、あのまま消耗し続けていたかもしれません。あるいは、もっと遅い時期に、もっとひどい状態で辞めることになっていたかもしれません。

💡 振り返って思うこと

「合わない場所でがんばり続けること」と「合う場所を探してそこで全力を出すこと」——どちらが自分の人生にとってプラスかは、言うまでもありません。

ただ、それを頭でわかっていても、なかなか動けないのが人間です。だからこそ、外から「もういい」と言ってくれる存在が必要なときがあります。

本多信一さんとの出会いは、私にとってその「外からの声」でした。

次の記事では、本多さんの著書『幸福に生きた内気なネコの話』から、内向型の生き方のヒントを紹介しています。


8. よくある質問
Q. 「会社員向いていない」と感じるのは、単なる甘えではないか?
A. 「甘え」という言葉は、本当によく使われます。でも、内向型の人が外向型の職場環境で消耗するのは、気質の問題であって意志の問題ではありません。内向型の脳は刺激の処理コストが高く、集団・競争・雑談が多い環境では単純に疲弊しやすいことが、心理学の研究でも示されています。「向いていない」という感覚は、多くの場合、正確なシグナルです。
Q. 「内向型」と「うつ」はどう違う?
A. 内向型は気質(生まれつきの性質)であり、病気ではありません。一方で、内向型が無理して外向型の環境に長く身を置くと、疲弊や無気力につながることがあります。「つらい状態が2週間以上続いている」「眠れない・食べられない」という場合は、専門家(医師やカウンセラー)への相談も検討してください。
Q. 「やめる」以外の選択肢はないのか?
A. もちろんあります。部署異動・在宅勤務・副業・社内での役割変更など、「やめなくても変えられること」は意外と多いです。ただ、「やめることを選択肢の一つとして持てるかどうか」は重要です。やめられないと思い込むことで、選択肢が見えなくなることがよくあります。
Q. 本多信一さんの著書はどこで読めるか?
A. Amazonの著者ページ(https://www.amazon.co.jp/stores/本多-信一/author/B004KWJFZK)から、多数の著作を確認できます。古本でも入手しやすい作品が多いです。

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内気なままでいい。本多信一「幸福に生きた内気なネコの話」が教えてくれること

「内気な性格を、なんとかしなきゃ」と思ったことはありませんか。人前でうまく話せない。にぎやかな場所にいると、なぜかぐったり疲れてしまう。

今回は、そんな人にそっと寄り添ってくれる短いお話、本多信一さんの「幸福に生きた内気なネコの話」をご紹介します。

1. どんなお話?

一匹の内気なネコが、生まれてから十三歳になるまでを、年齢ごとの短い言葉でふり返っていく物語です。

派手な事件が起こるわけではありません。けれど読み終えると、胸の奥が少しあたたかくなる。そんな静かなお話です。

2. 内気なネコがたどった十三年
  • 〇歳生まれてすぐ、母ネコと離ればなれになります。まだ歩くこともできないころでした。
  • 〇.一歳食べものを探して外へ出ても、やさしそうな声の先で冷たい仕打ちにあいます。世界から見放されたように感じる日々でした。
  • 一歳料亭に拾われ、看板ネコとして人々を笑顔にする役目を担います。かわいがられながらも、心の中ではずっと何かと闘っていました。
  • 四歳店がなくなって町へ戻ると、犬に襲われ、死の恐怖を味わいます。そこで初めて「生きたい」と強く願います。
  • 六歳ネコたちの集まりで「人生でいちばん大切なもの」が話題に。「声の大きさだ」と言い切る仲間を前に、ネコは黙って、自分は小さな声のままでいいと思います。
  • 八歳体調を崩しながらも、ねずみをとる工夫を重ねます。何かを得れば何かを手放す。過ぎたことは追わず、前へ進みます。
  • 九歳長い病の中で母の夢を見ます。夢の母は、ネコが幼いころと何も変わっていないことを告げます。
  • 一三歳長い道のりの末に気づきます。自分は最初から自分だったのだと。母はもういないけれど、いつも一緒にいるのだと。
3. 「声の大きさ」より大切なもの

世の中では、はっきり主張できる人、声の大きい人が評価されやすいものです。会議でも学校でも、「もっと積極的に」と言われた経験がある方は多いのではないでしょうか。

でもこのネコは、声の大きさを競う輪に加わりませんでした。ただ静かに聞き、自分は小さな声のままでいいと決めたのです。

💡 ポイント

内気な人がもっている「よく聞く力」「じっくり考える力」は、弱さではなく、その人らしい強さです。無理に大きな声を出さなくても、ちゃんと生きていけます。

4. 遠回りも、ぜんぶ自分の道

人に合わせて笑顔をふりまいた時期。怖い思いをした時期。病に伏せた時期。ネコの十三年は、遠回りの連続に見えます。

けれど最後にネコは、その長い道のりも、結局は「自分の中を歩いてきただけ」だったと気づきます。どの時期も、自分に戻ってくるために必要な道だったのです。

こんなことはありませんか。

  • 人に合わせて笑ったあと、ひとりになるとぐったり疲れてしまう
  • にぎやかな集まりより、静かな時間にほっとする
  • 「もっと積極的に」と言われるたびに、自分を責めてしまう
  • 大切な人との別れを、いまも心のどこかで抱えている

ひとつでも当てはまるなら、このネコの話はきっとあなたに届くはずです。変わらなくていい。失ったものも、離れた人も、心の中でちゃんと一緒にいる。この物語は、そう静かに教えてくれます。

内気なままでいい
5. よくある質問
Q. 内気な性格は、直したほうがいいのでしょうか?

無理に直す必要はありません。内気さは「欠点」ではなく「持ち味」です。大切なのは、自分に合った人との関わり方や、働き方・暮らし方を見つけることです。

Q. 人づきあいで疲れてしまうときは、どうすればいいですか?

ひとりで静かに過ごす時間を、意識して予定に入れてみてください。散歩や自然の中で過ごす時間は、心を回復させる助けになります。

Q. こうした生きづらさについても相談できますか?

はい、できます。社会福祉士として、働き方や人間関係、これからの生き方についてのご相談をお受けしています。うまく言葉にできなくても大丈夫です。

本多信一さんの著書はAmazonでご覧いただけます。

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「幸福に生きた内気なネコの話」 本多 信一

 
 
 
 
 
幸せに生きた内気なネコの話
 
 
 
 
 

〇歳
ママの後ろ姿を覚えているんだ。
「行かないで」とつぶやいた。
それっきりだった。
ボクは生まれたばっかりで歩けなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 

〇.一歳
食べものをさがしに外に出た。
「かわいそう」という声のほうに行くと、
うしろから石を投げられた。
ミルクの匂いのほうに行くと、
横から酔っぱらいにけとばされた。
ボクは世界に捨てられていた。
 
 
 
 
 
 
 
 

一歳
拾われて料亭の看板猫になった。
灯りがまぶしい玄関に座るのさ。
ボクがほほえむと人々がほほえんだ。
ボクがわがままを言うと人々はかなえてくれた。
目を見ひらくと心がとじていく。
ボクはなにかと闘っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 

四歳
店がなくなり、町ぐらしにもどる。
ふいに犬に組みふせられた。
「ちび。首をかんだ牙にわずかの力をこめるだけだ。
がりりとくだけておまえは死ぬ」
人がきて犬は去ったけど、
なまぐさい犬の息のように、死はいつまでもボクにつきまとった。
ボクは生きたかった。
 
 
 
 
 
 
 
 

六歳
満月の夜の猫会議。
「人生になにがいちばん大切か?」
「餌だ」「小判だ」「家族です」とてんでに答えたその時に、
「ちが-う!」と大声。みんなはし-んと耳を立てた。
「ひたすら声の大きさだっ」
たしかにねぇ、と笑いあって座はおひらきに。
ボクは黙って聞いていた。
声は小さいほうがいい。
 
 
 
 
 
 
 
 

八歳
外はどしゃぶりの雨。
熱で体がだるいけど、
ねずみとりの新しいわざを、くりかえし工夫する。
時はこうして去る。
ひとつを得ると、ひとつをなくす。
なくしたものは思わない。
ボクはねずみを食らい、新しい自分に進む。
 
 
 
 
 
 
 
 

九歳
熱は何か月も続いた。
病の床でママの夢をみたんだ。
帰ってきたの?
「いいえ」
行かないで。
「いいえ」
行かせない。ボクはもうおとなだから。
「いいえ。あなたは子どもです。
あのころと変わらない……」
あのころと変わらない?
 
 
 
 
 
 
 
 

一三歳
ボクはボクだったんだ。
長いみちを歩いて、ボクは自分にもどってきた。
いや。長いみちも自分を歩いただけ。
ママはいない。
いないけれどもいっしょにいる。
いつもいっしょにいる。