六

人間としての形を受けた以上は
これを滅ぼすことなく
命が果てる日まで待つほかない

それにもかかわらず 世の人は あるいはものに逆らい
あるいはものになびき従いつつ その人生を駆け足のように走り抜け
これをとどめるすべを知らないのは あわれというほかない

その生涯をあくせくと労苦のうちに過ごしながら
しかもその成功を見ることもなく ぼう然として疲れ果て
人生の行方も知らずにいるのは あわれというも愚かではないか

このようなありさまで生きているのは
たとえ他人が「お前はまだ死んでいない」と言ってくれたとしても それが何の役に立つだろう
その身体が滅びるとともに その心もまた同時に滅びるほかない

これを大きな悲しみといわずにいれるだろうか

この世に生きる人々は、すべてこのような惑いのうちにあるのだろうか 
それとも私だけが惑いのうちにあって 世の人のうちには惑わないものがあるのか

 
 
 

もし自分に自然にそなわっている心に従い
これをわが師とするならば
だれでも自分の師をもたないものはないことになる

この師は自然にそなわるものであり
あれこれと これに代わるものを探した末に
自分の心が選び取ったわけのものではない

だからこの心の師は どんな愚かものでもこれを心にそなえている
ところが この自然にそなわる心を師としないで いたずらに是非の判断をするものは
例えば「今日 越の国に旅立つのは きのう 越の国に到着したのと同じである」といった詭弁をもて遊ぶことになる

これは ありえないことをあるとするものである
ありえないことあるとするものには たとえ神に等しい知恵をもつ禹王でも 手の施しようがないだろう
ましてや私の手に負えるはずがない