内気なままでいい。本多信一「幸福に生きた内気なネコの話」が教えてくれること

「内気な性格を、なんとかしなきゃ」と思ったことはありませんか。人前でうまく話せない。にぎやかな場所にいると、なぜかぐったり疲れてしまう。

今回は、そんな人にそっと寄り添ってくれる短いお話、本多信一さんの「幸福に生きた内気なネコの話」をご紹介します。

1. どんなお話?

一匹の内気なネコが、生まれてから十三歳になるまでを、年齢ごとの短い言葉でふり返っていく物語です。

派手な事件が起こるわけではありません。けれど読み終えると、胸の奥が少しあたたかくなる。そんな静かなお話です。

2. 内気なネコがたどった十三年
  • 〇歳生まれてすぐ、母ネコと離ればなれになります。まだ歩くこともできないころでした。
  • 〇.一歳食べものを探して外へ出ても、やさしそうな声の先で冷たい仕打ちにあいます。世界から見放されたように感じる日々でした。
  • 一歳料亭に拾われ、看板ネコとして人々を笑顔にする役目を担います。かわいがられながらも、心の中ではずっと何かと闘っていました。
  • 四歳店がなくなって町へ戻ると、犬に襲われ、死の恐怖を味わいます。そこで初めて「生きたい」と強く願います。
  • 六歳ネコたちの集まりで「人生でいちばん大切なもの」が話題に。「声の大きさだ」と言い切る仲間を前に、ネコは黙って、自分は小さな声のままでいいと思います。
  • 八歳体調を崩しながらも、ねずみをとる工夫を重ねます。何かを得れば何かを手放す。過ぎたことは追わず、前へ進みます。
  • 九歳長い病の中で母の夢を見ます。夢の母は、ネコが幼いころと何も変わっていないことを告げます。
  • 一三歳長い道のりの末に気づきます。自分は最初から自分だったのだと。母はもういないけれど、いつも一緒にいるのだと。
3. 「声の大きさ」より大切なもの

世の中では、はっきり主張できる人、声の大きい人が評価されやすいものです。会議でも学校でも、「もっと積極的に」と言われた経験がある方は多いのではないでしょうか。

でもこのネコは、声の大きさを競う輪に加わりませんでした。ただ静かに聞き、自分は小さな声のままでいいと決めたのです。

💡 ポイント

内気な人がもっている「よく聞く力」「じっくり考える力」は、弱さではなく、その人らしい強さです。無理に大きな声を出さなくても、ちゃんと生きていけます。

4. 遠回りも、ぜんぶ自分の道

人に合わせて笑顔をふりまいた時期。怖い思いをした時期。病に伏せた時期。ネコの十三年は、遠回りの連続に見えます。

けれど最後にネコは、その長い道のりも、結局は「自分の中を歩いてきただけ」だったと気づきます。どの時期も、自分に戻ってくるために必要な道だったのです。

こんなことはありませんか。

  • 人に合わせて笑ったあと、ひとりになるとぐったり疲れてしまう
  • にぎやかな集まりより、静かな時間にほっとする
  • 「もっと積極的に」と言われるたびに、自分を責めてしまう
  • 大切な人との別れを、いまも心のどこかで抱えている

ひとつでも当てはまるなら、このネコの話はきっとあなたに届くはずです。変わらなくていい。失ったものも、離れた人も、心の中でちゃんと一緒にいる。この物語は、そう静かに教えてくれます。

内気なままでいい
5. よくある質問
Q. 内気な性格は、直したほうがいいのでしょうか?

無理に直す必要はありません。内気さは「欠点」ではなく「持ち味」です。大切なのは、自分に合った人との関わり方や、働き方・暮らし方を見つけることです。

Q. 人づきあいで疲れてしまうときは、どうすればいいですか?

ひとりで静かに過ごす時間を、意識して予定に入れてみてください。散歩や自然の中で過ごす時間は、心を回復させる助けになります。

Q. こうした生きづらさについても相談できますか?

はい、できます。社会福祉士として、働き方や人間関係、これからの生き方についてのご相談をお受けしています。うまく言葉にできなくても大丈夫です。

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「幸福に生きた内気なネコの話」 本多 信一

 
 
 
 
 
幸せに生きた内気なネコの話
 
 
 
 
 

〇歳
ママの後ろ姿を覚えているんだ。
「行かないで」とつぶやいた。
それっきりだった。
ボクは生まれたばっかりで歩けなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 

〇.一歳
食べものをさがしに外に出た。
「かわいそう」という声のほうに行くと、
うしろから石を投げられた。
ミルクの匂いのほうに行くと、
横から酔っぱらいにけとばされた。
ボクは世界に捨てられていた。
 
 
 
 
 
 
 
 

一歳
拾われて料亭の看板猫になった。
灯りがまぶしい玄関に座るのさ。
ボクがほほえむと人々がほほえんだ。
ボクがわがままを言うと人々はかなえてくれた。
目を見ひらくと心がとじていく。
ボクはなにかと闘っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 

四歳
店がなくなり、町ぐらしにもどる。
ふいに犬に組みふせられた。
「ちび。首をかんだ牙にわずかの力をこめるだけだ。
がりりとくだけておまえは死ぬ」
人がきて犬は去ったけど、
なまぐさい犬の息のように、死はいつまでもボクにつきまとった。
ボクは生きたかった。
 
 
 
 
 
 
 
 

六歳
満月の夜の猫会議。
「人生になにがいちばん大切か?」
「餌だ」「小判だ」「家族です」とてんでに答えたその時に、
「ちが-う!」と大声。みんなはし-んと耳を立てた。
「ひたすら声の大きさだっ」
たしかにねぇ、と笑いあって座はおひらきに。
ボクは黙って聞いていた。
声は小さいほうがいい。
 
 
 
 
 
 
 
 

八歳
外はどしゃぶりの雨。
熱で体がだるいけど、
ねずみとりの新しいわざを、くりかえし工夫する。
時はこうして去る。
ひとつを得ると、ひとつをなくす。
なくしたものは思わない。
ボクはねずみを食らい、新しい自分に進む。
 
 
 
 
 
 
 
 

九歳
熱は何か月も続いた。
病の床でママの夢をみたんだ。
帰ってきたの?
「いいえ」
行かないで。
「いいえ」
行かせない。ボクはもうおとなだから。
「いいえ。あなたは子どもです。
あのころと変わらない……」
あのころと変わらない?
 
 
 
 
 
 
 
 

一三歳
ボクはボクだったんだ。
長いみちを歩いて、ボクは自分にもどってきた。
いや。長いみちも自分を歩いただけ。
ママはいない。
いないけれどもいっしょにいる。
いつもいっしょにいる。