人前で緊張して体が震えるのは、止めなくていい——恩師・久野信先生が教えてくれたこと
久野信先生シリーズ① 出会い篇
止めようとするほど、震えは大きくなる。
恩師が教えてくれたのは、その反対のことでした。
こんな場面で、体が言うことをきかなくなることはありませんか。
- 授業や会議で、自分の番が回ってくると声がうわずる
- 自己紹介やあいさつの途中で、声が出なくなる
- レジの列で、自分の順番が近づくと手が震える
- 電車でつり革を持つ手が、小刻みに揺れているのがわかる
- 電話を取るだけで、心臓がどきどきする
そして、震えが始まると、頭の中ではこんな声が鳴り続けます。「止まれ、止まれ」「周りに気づかれる」「変な人だと思われる」。
そう思えば思うほど、震えはひどくなる。終わったあとは、どっと疲れて、「また今日もだめだった」と落ち込む。
もし、そんな毎日を送っているなら、この記事はあなたのために書きました。先に結論をお伝えします。
緊張や震えは、止めなくていい。
止めようとするほど、大きくなるからです。
そのままにして、少しずつ「鈍感」になっていけばいい。
これは、私が大学生のころ、恩師から教わったことです。何年も震えに苦しんでいた私の毎日を、この言葉が変えてくれました。
緊張したときに、声がうわずったり、手が震えたり、心臓が速くなったりするのは、体の自然な反応です。大切な場面に向けて、体が勝手に準備を始めているのです。
問題は、その小さな反応のあとに、心が「物語」をつけ足してしまうことです。
最初はほんの小さな反応だったのに、頭の中で不安がふくらみ、それが体にはね返ってくる。そして「次もまた震えるのでは」という心配が、次の震えを呼ぶ。この輪の中を、ぐるぐる回り続けてしまうのです。
「止めよう」と力を入れることも、この輪を強くします。体の反応は、意志の力ではなかなか止められません。止められないものを止めようとすると、「止まらない」という焦りが、また新しい不安になるからです。
最近震えたとき、実際に起きたことは何でしたか。そして、頭の中でつけ足した「物語」は何でしたか。二つを分けてみるだけで、少し気持ちが軽くなることがあります。
こんなふうに書いているのは、私自身がこの輪の中に何年もいたからです。
始まりは中学2年のころでした。国語の授業で、教科書を一人ずつ順番に読んでいく時間があります。自分の番が近づくと、心臓がどきどきして、読み始めると声が震える。途中で声が出なくなったこともありました。
音楽の授業では、一人ずつ前に出て歌うテストがありました。これも途中で声が出なくなりました。
高校に入っても同じでした。毎朝、学校に行くのが本当に苦しかった。今振り返っても、地獄のような日々だったと思います。それでも、親に心配をかけたくなくて、誰にも言わずに学校へ通い続けました。
大学に入ると、順番に音読をさせられることも、歌のテストもなくなり、少し楽になりました。それでも、通学の地下鉄でつり革を持つと手が震え、スーパーのレジに並ぶと、順番が近づくにつれて体が震えました。
誰にも言えずに、一人で耐えてきた時間。家族に心配をかけまいと、平気なふりをしてきた日々。もしあるなら、それだけで、あなたはもう十分がんばってきた人です。
大学1年のとき、私は思い切って学内のカウンセリング室を訪ねました。中学2年から数えて、5〜6年がたっていました。
そこにいたのが、久野信(くの・まこと)先生です。系列の高校で長く教えられたあと、大学のカウンセリング室長をされていました。室長といっても、カウンセリング室には先生お一人だけでした。
先生は、子どもの自立や子育てについての本を何冊も書かれていて、学校に行けない子どもたちや、その親御さんからの相談も長く受けてこられた方です。
初めて会ったその日、先生は2時間か3時間ほどかけて、私の話をじっと聞いてくれました。5〜6年分ため込んできたことを、全部です。
その日は、アドバイスらしいことは何もありませんでした。ただ、聞いてもらっただけです。
それなのに、帰り道、世界が少し明るく見えました。何年ぶりだったかわかりません。しばらくのあいだ、夜も普通に眠れるようになりました。胸の中が、ふわっと温かいもので満たされていたのを、今でも覚えています。
それから私は、何度も先生のところへ通うようになりました。それが楽しみで、楽しみで仕方ありませんでした。本当に優しい先生でした。
震えそのものは、すぐには変わりませんでした。でも、「わかってもらえた」という感覚が、心の重さを大きく変えてくれました。何年も一人で抱えてきたものは、誰かに話すだけで、少し形が変わります。
通ううちに、先生はいろいろな話をしてくれました。いちばん心に残っているのは、こんな言葉です。
人間は、何十兆もの細胞でできていて、自然に生かされるように作られている。体の内側から出てくる反応は、自分では変えようがないんだよ。それは自然なことなんだ。
だから、緊張や震えをなんとかしよう、止めよう、なくそうと思っても無理なこと。それは受け入れればいい。体の震えも緊張も、そのままにしておけばいい。放っておけばいい。先生はそう言いました。
そして、こう続けました。
でも人間は、自分の小さな小さな思いを、勝手に大きな大きな恐怖に作り替えてしまう。だから筒井くんは、これから少しずつ鈍感になっていくといいよ。
2章で書いた「ぐるぐる回る輪」のことを、先生はずっと前から、こんな短い言葉で教えてくれていたのです。
ある日、先生は笑いながら、私にこう言いました。「筒井くんは真面目すぎる。真面目が服を着て歩いているみたいだ」。
言われた瞬間は少し恥ずかしかったのですが、なぜか嫌な気はしませんでした。震えを止めようと必死になっていたのも、ちゃんとしなければ、と思い込んでいたのも、たぶん真面目すぎたからです。先生はそれを責めずに、笑って見せてくれました。
先生の言葉と、その後の私の経験から、今日から試せることを4つにまとめました。どれも、震えを「なくす」ためではなく、震えに「振り回されない」ためのものです。
止めようとする代わりに、ただ気づいて、言葉にします。「手が震えている」「声がうわずっている」。実況中継のように眺めるだけで、物語がふくらむのを少し止められます。
声が震えていても、そのまま読み続ける。手が震えていても、そのまま財布を出す。震えが止まるのを待たなくていいのです。終わってみると、周りは思ったほど気にしていないことがほとんどです。
いきなり大勢の前に立つ必要はありません。コンビニで「ありがとうございます」と言う、短いあいさつをする。小さな場面を重ねるうちに、体と心が少しずつ「鈍感」になっていきます。
私が変わり始めたのは、先生に話を聞いてもらった日からでした。家族でも、友人でも、相談の窓口でもかまいません。話すことは、それだけで力になります。

正直に書くと、今でも人前で話すと、声や体が震えることがあります。中学生のころから、何十年もたったのに、です。
でも、昔とは決定的に違うことがあります。震えても、「ああ、また震えているな」と思うだけで、そこから大きな恐怖へ育てなくなったことです。震えはあっても、震えに一日を支配されることはなくなりました。
先生が言った「鈍感になる」とは、たぶんこういうことだったのだと思います。何も感じなくなるのではなく、感じたものを、いちいち大事件にしない。
実はこの考え方に、私はずっとあとになって、もう一度出会うことになります。毎朝続けている瞑想と、テーラワーダ仏教のスマナサーラ長老の教えの中で、です。「小さなことを、心が勝手に大きくしてしまう」。先生の言葉とまったく同じことが、そこにも書かれていました。その話は、次の回でくわしく書こうと思います。
私の場合、震えが完全になくなったわけではありません。変わったのは、震えたあとに不安をふくらませなくなったことです。そのおかげで、震えに振り回される時間がぐっと減りました。「なくす」より「振り回されない」を目指すほうが、気持ちが楽になると感じています。
そう不安になるのは自然なことです。ただ、私の経験では、止めようと力を入れたときのほうが、震えは大きくなりました。「震えていてもいい」と思えたとき、かえって早くおさまることが多かったです。
緊張や震えがつらくて、学校や仕事に行けない、眠れない、人に会うのを避けてしまうなど、生活に大きな影響が出ているときは、心療内科や精神科で相談してみることをおすすめします。一人で抱え込まないことが大切です。
身近な人に話しにくいときは、学校や職場の相談窓口、カウンセラー、相談事務所など、利害関係のない人に話すのも一つの方法です。私自身、家族には言えなかったことを、先生には話すことができました。
→ 緊張や震えは、体の自然な反応。意志の力では止められない
→ 止めようとするほど、心が不安をふくらませ、震えは大きくなる
→ そのままにして、「震えているな」と気づくだけでいい
→ 小さな場面を重ねて、少しずつ「鈍感」になっていけばいい
→ 一人で抱えず、誰かに話すこと
何年も一人で震えに耐えていた私を変えてくれたのは、特別な方法ではなく、2〜3時間、黙って話を聞いてくれた一人の先生でした。
この記事を読んでいるあなたにも、そういう誰かがいてくれたらと思います。もし今、身近に話せる人がいないなら、私でよければお話を聞かせてください。
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