人生相談コラム

〜 前回の瞑想記事の続きです 〜


1. 欲は、56歳になっても消えなかった

朝、眠い。もう少し寝たい。

でも、起きる。ただ起きるだけ。

昼、過去の失敗を思い出す。胸の中がざわっとする。でも、特に何もしない。

夜、今日も1日生きた。ゆっくり寝るか。布団に入って目を閉じれば、気づけば朝になっている。

56歳になっても、欲や煩悩は消えない。眠気も、胸のざわつきも、毎日やってくる。若い頃と比べて、欲の種類は多少変わったかもしれないけれど、何かを欲しがったり、何かに腹を立てたりする自分は、たいして変わっていない。

昔は、それが嫌だった。「いい年なんだから、もう少し落ち着いた人間になりたい」と思っていた。欲を減らしたい、もっとできた人間になりたい、と。

でも最近、少し考え方が変わってきた。

欲が消えるかどうかは、あまり重要ではないのかもしれない。

2. 「あ、またやってる」と気づくだけ

前回の記事で、ヴィパッサナー瞑想のことを書きました。毎朝4時半に神社へ歩きながら瞑想していて、10秒で集中が途切れる、という話です。

そのときに学んだのは、「集中し続けること」が瞑想の目的ではなく、「集中が途切れたことに気づいて、戻る」ことが本質だ、ということでした。

この「気づいて戻る」が、最近、瞑想以外の場面でも少しずつ起きるようになってきました。

朝、眠い

「もう少し寝たい」と思う。ただ、起きる。以前との違いは、起きる前に一瞬だけ「あ、また眠気に引っ張られそうになってるな」と気づいている、ということ。気づいたからどうする、というわけではない。ただ気づいて、起きる。それだけです。

昼、胸がざわつく。

以前は、何か嫌なことを思い出すと、それがしばらく続いた。最近は、「あ、またやってる」と気づくことが増えてきた。気づいたら、もう消えている。怒りのまま何かを言ったり動いたりすることが減った気がする。

夜、そろそろ寝るか

以前は、強烈な恐怖が襲って来ることがあった。最近は、「あ、まただ」と気づく。気づいたら、そのまま放っておく。

💡 やっていることはシンプル

特別なテクニックを使っているわけではありません。
ただ「あ、またやってる」と気づくだけ。
気づいたら何かをするのではなく、気づくこと自体がすべてです。

3. 以前との違い——気づけなかった頃の自分

以前の自分はどうだったかというと、「気づく」という発想自体がありませんでした。

眠いから二度寝する。怒りが湧いたらそのまま続く。不安が来たら恐怖心でいっぱいになる。欲や感情に飲み込まれている自覚がないまま、流されている。そんな感じでした。

つまり、「欲に飲み込まれていることに気づいていない」状態と、「欲に飲み込まれているけど、気づいている」状態は、まったく違うということです。

たとえるなら
川に流されているとき、流されていることに気づいていない人は、岸に上がることもできない。でも、「あ、自分は今、流されているな」と気づいた瞬間、岸に手を伸ばす選択肢が生まれる。

岸に上がれるかどうかは、正直、わかりません。でも、「流されていること」に気づいているのと、気づいていないのとでは、まったく違う。

瞑想を始めてから変わったのは、この「気づく回数」が少しだけ増えた、ということだと思います。劇的な変化ではないけれど、確実に何かが違う。

4. 残り時間を感じ始めてから、変わったこと

今年で56歳になりました。

若い頃は、自分はまだ若い方だと思っていた。でも最近、「残り時間」というものをリアルに感じるようになってきました。

別に病気をしたわけでも、特別な出来事があったわけでもない。ただ、歴史小説を読んでいると、昔の60代といえばもう晩年の人物として描かれている。自分もそう遠くない、ということが、なんとなく実感として落ちてきた。

この「残り時間」の感覚が、「気づく」ことの意味を変えたように思います。

💡 時間が有限だと感じるようになって

怒りに飲み込まれて一日イライラしている。
不安にとらわれて夜中まで悶々としている。
その時間が、以前より「もったいない」と感じるようになった。

欲を消したいとか、煩悩を克服したいとか、そういう立派な動機ではないのです。

ただ、怒っている時間がもったいない。不安で眠れない夜がもったいない。欲に引っ張られてぐずぐずしている時間がもったいない。

残りの時間が限られていると感じるからこそ、「あ、またやってる」と気づいて、早めに戻ってきたい。それだけのことなんだと思います。

欲は消えなくていい。煩悩があってもいい。ただ、飲み込まれている時間を少し短くしたい。56歳のいまの正直な気持ちは、そんなところです。

煩悩は消さなくていい
5. 欲は消さなくていい。飲み込まれなければいい

この記事で書いたことを、最後にまとめます。

  • 欲や煩悩は、56歳になっても消えない
  • 大事なのは「消すこと」ではなく、「あ、またやってる」と気づくこと
  • 気づいたからといって何かをする必要はない。気づくだけでいい
  • 残りの時間が有限だと感じるからこそ、飲み込まれる時間を短くしたい
  • 特別な修行ではなく、日常の中で「気づく回数」が少しずつ増えていく——それだけで十分

明日も朝4時半に起きて、神社への道を歩きます。また10秒で集中が途切れるでしょう。でも、「あ、また途切れた」と気づいて、呼吸に戻る。

日常の欲も同じです。また眠くなるし、またイラッとするし、また不安になる。でも、「あ、またやってる」と気づく。そして今に戻る。

それだけのことを、淡々と繰り返しています。


6. よくある質問
Q. 「気づく」って、具体的にどういうことですか?
難しいことではありません。怒っている最中に「あ、自分は今、怒ってるな」と思う。不安でぐるぐるしている最中に「あ、またやってるな」と思う。それだけです。気づいたあとに何かをする必要はなく、気づくこと自体が全てです。
Q. 気づいても、欲や怒りは消えませんよね?
消えません。ただ、「飲み込まれている時間」が少し短くなる感覚があります。以前は怒りにそのまま一日引きずられていたのが、気づいた時点で少し距離ができる。消すことが目標ではなく、振り回される時間を短くするだけです。
Q. 瞑想をしていないと「気づく」ことはできませんか?
瞑想をしなくてもできます。ただ、瞑想は「気づく練習」の時間なので、続けていると日常でも気づきやすくなってくる、という実感はあります。まずは瞑想なしでも、一日に一回「あ、今自分は何を考えていたかな」と立ち止まってみるだけでも十分です。
Q. 「残り時間がもったいない」という感覚は、焦りとは違いますか?
焦りに似ている部分もありますが、少し違います。焦りは「何かをしなきゃ」という衝動ですが、ここで言う感覚は「怒りや不安に費やしている時間を減らしたい」という静かな気持ちです。急ぐのではなく、無駄に消耗する時間を手放したい、というニュアンスに近いです。

人生の迷いや悩みについて、一人で考えていても答えが出ないと感じることはありませんか。そんなときは、話を聞く場所があることも知っておいてください。

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※ 本記事は筆者の個人的な実践の記録です。スマナサーラ長老・日本テーラワーダ仏教協会の公式見解ではありません。